にじのはらから、いまり。

魂の成長の記録、第2章。

シンギングボウルBSM(ボディ・シンギング・メソッド)認定セラピスト くぼ かずみ と申します。
出張、遊行スタイルにて、シンギングボウル・トリートメントや、瞑想会等での演奏の活動をしています。

シンギングボウルで、心身がゆるまる優しいひとときを。
『きもちいい』が『これでいい』をおしえてくれる。 言葉を超えた、あなたの光を、思い出してみませんか。

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にじのはらから、いまり。

弘誓深如海 ゆるし、いのり、誓う、大海の師のように オム・マニ・ペメ・フム

 

子供の頃、飼っていた白ネコ(頭の部分が黒かった)、レオくん。

 

レオは、ひとりお外遊びから帰ってくると、「ただいま。」と

爪とぎのように、玄関を引っ掻く。

そして、ドアを開けて、「おかえり。」と家の中にあげる。

 

いつからか、帰ってくると、ケガが増えていたり

鼻水をいつも垂らすように。

 

みんな汚がって、嫌がって

私だけが、いつもレオと一緒だったような気がする。

 

ある日、「ただいま。」の音が、待っても待っても、聴こえない。

家族中に尋ねても、行方や、どうしたらいいのかが、分からない。

 

はやる胸をおさえながら、近くの田んぼに走って

「レオ!!レオ!!」何度も叫んだ。

 

今思えば、レオがそこで現れてくれる奇跡を期待するというより

レオがいないことを、子供ながらに、懸命に受け入れようとしている儀式、だったのかもしれない。

 

「ネコは、死に際にいなくなるっていう話があるよ。」

親からそう聞かされ、段々とレオの死を受け入れるようになり、私も大人になった。

 

 

 

大人になって、親元から離れ、随分昔に帰省した時のこと。

久しぶりに、レオの話を父にしたら

「あれは、俺が捨ててきたんだよ。」

 

悪びれもしないような突然の告白に、心臓は打ち抜かれるようだった。

消えたいほど、消したいほど、行く先をもてあます、絶望に近い怒りの感情を

全身で味わった。

 

その場では、何も考えられず、父に何も言えず

実家を後にして、家路に向かう途中、突然の慟哭、半狂乱、歩くのがやっとの中、驚きの光景に震えた。

 

家の前に、一匹の白いネコが座っていて、こちらをじっと見ていた。

 

嘘みたいな不思議な話だけれど、その時、その場にいた他の方々も、目撃している。

あまりにもレオにそっくりで、しかもこのタイミングで、驚いた。

 

お父さんを、ゆるしてあげてね。

そんな声が聴こえた気がした。

 

 

 

後になって、父の言葉を考えた。

「死ぬときは、自然に還るのが一番いいと思って、ネコたちがいっぱいいる場所に、レオを置いてきたんだよ。」

 

父なりの結論だったのかもしれない。

最期を、娘に見せたくなかったのかもしれない。

貧しい我が家では、お墓も用意できないから、死後の諸々が面倒だったのかもしれない。

可能性はいっぱいある。

 

その人の胸の内は、その人にしか分からないこともある。

これは、諦めや嘆きではなく、他のいのちへの慮り。

 

現れた一匹の白ネコが、すべてを物語っている。

そう私の深い部分でうなずけた。

大きな、不思議な、メッセージだった。

 

 

 

人は誰でも、生きていれば、ゆるせること、ゆるせないこと、あると思う。

個人的なことから発展すれば、死刑の問題等にもいきつく、永遠のテーマかもしれない。 

 

等しいいのち。

 

ゆるせても、ゆるせなくても

最善のタイミングで。

それぞれのスピードで。

自他ともに【痛みを伴わない】、その場所に、いつかは辿り着く。そう祈っている。

 

 

 

今書きながら、びっくりするほど、涙が止まらない。

でも、これも、観自在を生きる、禊の儀式、なんだとかんじる。

 

 

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20数年前。学校の地下室 (^^)/

若気と情熱のあいだ、仏性の体現?!

 

 

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昨年の5月 。海での、いのり。誓い。

 

 

 

振り返れば

この旅は、遠い日から、ずっと、絶え間なく、続いていたんだ (^人^)