にじのはらから、いまり。

魂の成長の記録、第2章。

シンギングボウルBSM(ボディ・シンギング・メソッド)認定セラピスト くぼ かずみ と申します。
出張、遊行スタイルにて、シンギングボウル・トリートメントや、瞑想会等での演奏の活動をしています。

シンギングボウルで、心身がゆるまる優しいひとときを。
『きもちいい』が『これでいい』をおしえてくれる。 言葉を超えた、あなたの光を、思い出してみませんか。

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にじのはらから、いまり。

言葉にならない、その奥は。

 

学生の頃、お母さんがいない小学生の男の子に、勉強を教えていたことがある。

みっちゃん。そして、みっちゃんの弟も、私になついてくれていた。

 

ある日、みっちゃんの弟が呟いた。

「おばあちゃんが、『死にたい』って言ってた。」

 

それまで、うっすら気づいていた、ご家族が抱えていた寂しさみたいなものと、

 

「本当に、あの子たちを、よろしくお願いします。」と、気弱な笑顔で繰り返すお父さんと、おばあちゃんが、

私をまるで一縷の光のように、貧しいながらもありったけの誠意で接してくれていた、かすかな望みみたいなもの

 

が、その一言に集約されているかのようで。胸がぎゅっとなった。

言葉にならなかった。

それでも必死に、励ました。

 

私は、自分の抱えていた問題で、彼らの重みを背負うことが出来ず

結局、家庭教師を辞めてしまった。

 

昨日、近くに、小さな男の子とお母さん。

食事を摂りながら、お母さんは、スマホを見ていた。

男の子は、特製プリンを無心に食べていた。

「これね~、すごいところがね、すっごく美味しかったんだよ~、

んん~、何ていえばいいんだろう~」と、全身をもじもじさせながら。3歳か4歳くらいだろうか。

「言葉にならないほどなんだね~。」と、お母さん。

 

昨日のこの出来事で、今朝、ご飯を作りながら、

みっちゃんのことを思い出した。

言葉にならなかった、その奥の、私の想いは届いたかな...

彼らをもう少し辛抱強くみてあげられなかった悔しさと

今頃、幸せであってほしい、という想いと

 

普段子育てで疲れ果てているかもしれない、スマホをずっと眺めているお母さんが

プリンの美味しさを表す言葉がうまくみつからなくて、もどかしがる小さな子に寄り添うあたたかさと...

 

誰かにこの話を聴いてほしかった。

止まらない涙と想いを、整理したかった。

多分、あの時ごめんねって、【今】みっちゃんに、ちゃんと言いたかった。

 

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不思議。

昨日の母子の光景に出会わなければ、多分、思い出さなかったかもしれない遠い記憶。

必要だから、またこうして、私の胸の中で出会えたんだね。

 

いつかの痛みや苦しみは、必ず自分の血肉となり、原動力になってゆくんだと、教えてくれたのかもしれない。

 

悔やむことも、しあわせ祈る力に変えてゆくね。一つも無駄なことはないんだね。

本当に、本当に、すべてにありがとう。

すべてが、幸せでありますように。

 

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