にじのはらから、いまり。

魂の成長の記録、第2章。

シンギングボウルBSM(ボディ・シンギング・メソッド)認定セラピスト くぼ かずみ と申します。
出張、遊行スタイルにて、シンギングボウル・トリートメントや、瞑想会等での演奏の活動をしています。

シンギングボウルで、心身がゆるまる優しいひとときを。
『きもちいい』が『これでいい』をおしえてくれる。 言葉を超えた、あなたの光を、思い出してみませんか。

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にじのはらから、いまり。

父と母

父も母も、とても苦労をした人でした。

父は、修学旅行の日には、お金がなくて、行くことが出来ませんでした。

その日は、たくさんいる兄弟たちのために、川で魚を釣っていたそうです。

 

母は、塩をふりかけたご飯を、毎朝食べて学校に行っていました。

帰宅後、家業を手伝っていると、疲れて居眠りをしてしまって。

よく怒られていたんだとか。

私が大人になって、泣きながら教えてくれました。

それから、私の会社でのお昼ご飯は、塩むすびが定番です。

 

色々あった二人ですから、私は幼いころから、修羅場をたくさん目の前で見て

味わってきました。

父はお酒臭かったけれど(笑)、大好きでした。毎年二人で、父の故郷長野へ行っていました。

泊まる場所もなく、車の中で見せてくれた雲海。

父の想いと、初めて出会う美しい景色が、ただただうれしかった。

血を吐くまでお酒を飲んで身体を壊したのは、父の寂しさ、孤独の叫びだったのかもしれません。

父の周りに誰もいなくなって、立てない父が這いながら、家に残された私の部屋の襖をいつまでも叩く涙声。

大みそか、家族中の誰もがひとりぼっちの、時間でした。

 

母は苦労をばねに生きてきた人なので、完璧主義な人でした。

それがきっと、私と母の衝突が多い原因だったのかもしれません。

私の自由さが、彼女にとっては恥みたいな部分があり、そんな服でもう故郷に帰ってくるな、とか、これを着ろ、あれを捨てろ...すさまじかった(笑)

そんな母でも、私が上京すると、私のいない部屋で毎日泣いていたそうです。

そんな母でも、夜中の2時頃、『友達はちゃんとできたんか。』と突然、

涙をこらえた声で電話してきたことも。

 

今となって痛いくらい感じます。

親だって、完璧な人間ではないということ。

親だって、色々悩み苦しみがあって、その時その時、精いっぱいに生きていて

それでも、私たちを育んでくれたということ。

親だって、誰かから、頑張っているねって抱きしめてもらいたいんだ、ということ。

 

照れてる場合ではなく。

私、ばかじゃないのか、と笑われても、やっぱり伝えたい。

おかげさまで、こんなに馬鹿正直な、まっすぐな人間に育ちました。

生きていれば色々ありますが、私、しあわせです。

 

こうして、たくさんの愛。支え、励ましてくれるぬくもり、光。に出逢えたのは

このいのちを、あの日、いただいたから。

どんなときも、本当にありがとう。

 

今日はふと思い立って、父母へ、CDを送りました。

クリス・ハート『いのちの理由』

機械の操作が分からないから(可愛い)、姉が帰宅後に聴くとのことです(^^)

今二人は、随分まあるくなりました。

 

 

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あと少しで

 

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今年も

花がひらきそうです。

 

また必ず出逢える春を、花のような笑顔を、心から、楽しみにしています。